犬の関節症いろいろ

A.股関節形成不全

股関節形成不全とは、「股関節寛骨臼の発育不全・変形、大腿骨頭の変形・偏平化による股関節の弛緩」のことです。簡単な言葉で言い換えると、体と後足をつなぐ最も重要な股関節部分に緩みと変形が生じ、痛みのために犬が自分の体重を支えきれなくなり、歩けなくなってしまう病気のことです。

現在までのところ本症の根本的要因については明らかになっていませんが、複数の遺伝的要因が関与しているものと考えられています。遺伝的に股関節の凹みが浅い骨格に発症しますが、その多くが急激な骨の成長に筋肉の成長が追いつかなくなることで起こります。骨と筋肉の成長にアンバランスが生じると股関節は不安定になり、大腿骨の先端である骨頭が股関節の凹みにしっかりはまらなくなるため、股関節は常に亜脱臼の状態になってしまいます。 また誤った飼い方等による後天的要因によっても発症します。この病気の症状としては股関節の痛みによる様々な程度の後肢の跛行、そして長時間の散歩を嫌うような運動不耐性を示します。

また、特徴的な症状としては、歩行時に臀部が左右に大きく揺れるような歩き方をしたり、またゆっくりと走らせた場合に、うさぎ跳びのような歩調で走行することがあります。またじっとしている時にも脚を投げ出して座るなどの異常な姿勢をすることがあります。しかし、罹患している犬の全てが明らかな臨床症状を示しているわけではなく、また生後2ヵ月で兆候が現れる重傷な犬もいれば生後7年が経過した後で突然症状が出るケースもあるので、注意深く愛犬を観察する事が大事です。

できるだけ病状を悪化させないよう、体重のコントロールや適度な運動制限、また既に症状が発生している場合は痛みのコントロールなどが必要となります。 筋肉を付けることも重要ですが、股関節に炎症が起こりやすい状態のまま運動量を増やすことは望ましいとは考えられません。たとえ股関節形成不全であろうとも、愛犬自身が痛みを感じずに日常生活に支障が出ない生活が可能であれば、あえて手術をする必要もなく、長く通常の生活を楽しめる可能性も十分にあります。過多栄養など食生活の改善やサプリメントの活用、内服薬などで病気の進行を抑えることができない場合は外科手術が適用となりますが、愛犬の年齢や病気の状態によって方法が異なってきます。 →股関節形成不全における外科手術

日本では、ラブラドール・レトリーバー、ゴールデン・レトリーバー、そしてバーニーズ・マウンテン・ドッグ等大型犬種の罹患率が特に高いと思われますがフレンチブルドッグや小型犬種での発生もあります。

B.肘関節形成不全

肘関節と言う関節は、上腕骨、橈骨、そして尺骨という三本の骨の関節面が適合するような型で成立しています。したがって、これらの骨の成長過程において、それぞれの骨の成長速度やバランスが崩れた場合、関節面のいずれかの箇所に構造的異常が生じてしまうことがあります。その場合の障害には、肘突起癒合不全、内側あるいは外側鈎状突起分離、上腕骨内側上顆関節面の離断性骨軟骨症等があります。

これらの病気はバーニーズ・マウンテン・ドッグ、ラブラドール・レトリーバー、ゴールデン・レトリーバー、ニューファンドランド、チャウチャウ等で比較的多く認められます。

C.膝蓋骨(亜)脱臼(パテラ)

膝蓋骨とは俗に言う「ひざのおさら」の骨を意味しています。 アーモンド状の一つの遊離した骨として認められていますが、膝を伸ばしたり曲げたりするときに働く靭帯を、ずらさずにスムーズに動くようにしている骨です。実際には大腿四頭筋、そして膝蓋靭帯という軟部組織と共に膝関節を伸ばす運動を行っています。膝蓋骨脱臼は膝蓋骨が大腿骨滑車という部分から脱落し、膝関節の機能障害を生じているものです。

事故などで物理的に障害が起こった場合は痛みを伴いますが、膝蓋骨脱臼は遺伝的な骨格の異常が原因につながることがほとんどで、基本的な骨の異常構造による膝蓋骨亜脱臼では痛みがほとんどありません。しかし何度も脱臼を繰り返していると、滑車の構造をしたそのレールの溝がどんどん磨り減って、さらに脱臼しやすくなります。膝蓋骨は靭帯でつなぎとめられているため、この骨が脱臼してしまうとそれに付いている靭帯も共にうまく動かせなくなり、結局は足を着くことができなくなってしまい、足がつったようにケンケンしたり、スキップするように走ったりすることで、飼い主さんが異常に気づきます。ただし、膝蓋骨脱臼は軽度のうちは、もし脱臼してしまってもすぐに元に戻るので、初期のうちはそれほど気にならないことが多いのです。

膝蓋骨脱臼には、内側に脱臼する内方脱臼と外側に脱臼する外方脱臼があり、小型犬には内方脱臼が、大型犬には外方脱臼が多いと言われていましたが、最近は大型犬の膝蓋骨内方脱臼も多くなっています。 脱臼の頻度が多くなり、病状が進行するのを放置すると歩行困難に陥ることもあるので、注意が必要です。

膝蓋骨(亜)脱臼は以下の様に分類されます。
グレード Ⅰ膝蓋骨が滑車溝に入っているが、
手ではずすこと(亜脱臼を起こす)ことができる。
グレード Ⅱ臨床上自然に脱臼が起こる。
膝蓋骨は手で脱臼できるが、自然に戻るか、手で軽く元に戻る。
グレード Ⅲ膝蓋骨はほとんどの時間脱臼しているが手で戻すことが可能である。
グレード Ⅳ膝蓋骨脱臼を手で戻すことができない。
湾曲拘縮が起こり、足を最小 限にしか着けない。

上記Ⅰ~Ⅱが、膝蓋骨亜脱臼(いわゆるパテラ)といわれ、ポメラニアン、チワワ、プードル、マルチーズ、テリアなど小型犬種に多く見られる症状です。

サプリメントなど軟骨の修復ケアだけでは病状の悪化が軽減できないような場合、グレードⅡ以上では、手術が勧められることもあります。大腿骨滑車溝増溝術(滑車溝を深く削り膝蓋骨が滑車溝を乗り越えにくくする手術)や、外側支帯縫縮術(膝蓋骨の外側の靭帯を縫い縮め、内側に外れ難くする手術)などがあります。この病気は以前は外科的手術でないと症状の回復は難しいとされてきましたが、手術にはリスクが伴うこと、予後が100%保障されるものとはいえないため、まずは悪化を防ぐケアをすることが望まれます。

D.椎間板ヘルニア

犬の脊椎(背骨)は頚椎(7個の椎骨)、胸椎(13個の椎骨)、腰椎(7個の椎骨)、仙骨の4つの部分に分けられ、管状の椎骨が強い靭帯によって結合された組織で、椎間板と言われる繊維組織が椎骨間のクッションになっています。椎間板はコラーゲンとゼラチン質から形成され水分の富んだゼラチン様の髄核とその髄核を包むらせん状の繊維輪(多層繊維状組織)から構成されていますが、髄核のゼラチン質の成分含量などは犬種によって違いがあり、椎間板ヘルニアの発症しやすさと関係があると考えられています。
犬が四肢で歩き運動するときの衝撃は脊椎に対してほぼ直角に加わります。、脊椎は、管状組織の中に脳からの指令を全身に伝える大切な神経系が通る脊髄も保護していますので、椎間板は運動の衝撃を和らげるためにクッション変わりとなって加わった圧力を分散しているのです。
しかしその椎間板がいくつかの原因、要因によって衝撃を分散できず突出(ヘルニア)してしまうと、脊髄や神経根を圧迫し大きな痛みを引き起こし、神経性の運動障害がもたらされます。

椎間板ヘルニアの発症様式は、軟骨形成異常の犬に多く急性に発症するハンセンⅠ型椎間板ヘルニアと、慢性的に経過し悪化するハンセンⅡ型椎間板ヘルニアという二つのタイプがあります。
軟骨形成異常の椎間板の変性は、ゼリー様の髄核が軟骨に変わっていく軟骨様異形成といわれるものです。
変性は急激に起こり若年期に起こります。髄核の水分が低くなり弾力を失って、衝撃を吸収することができなくなるという髄核の変性を伴い、同時に繊維輪も変性します。このような状態に変化した椎間板に衝撃が加わると圧力を分散できずに繊維輪の弱くなった部分から髄核が飛び出し、脊髄を圧迫します。このような軟骨形成異常とは違い、加齢(老化)によって椎間板を包む線維組織の衰えで、繊維輪の変性がゆっくり進行し徐々に弾力性が失われて行くことで、繊維輪が脊髄を圧迫します。

胸腰椎 椎間板ヘルニアの場合には、初期には痛みのために背中を丸めたような状態になり歩くことを嫌がります。
さらに抱き上げたりすると腰部の激しい痛みのために泣き叫ぶことがあるのが特徴的です。
また、後肢がふらついたり、肢を引きずる様に歩いたり、趾を裏返して戻らないナックリングが起こることもあります。特にハンセンⅠ型椎間板ヘルニアは急性にこの症状が起こりますので、初期症状と認められたときの初動処置(絶対安静と加療)が回復への大きな鍵を握ります。

椎間板(胸腰椎)ヘルニアのグレード別症状
グレード Ⅰ背部の痛みで背中を丸めたような姿勢をとる。
散歩を嫌がる、運動したがらない。触ると痛がる。
グレード Ⅱ後肢がふらつきながら歩く。不完全麻痺がある。
趾を裏返してすぐに返らないまたは裏返した状態のまま。
グレード Ⅲ自分の意思で後肢を動かせない(随意運動不能)。
後肢を引きずる。
グレード Ⅳ自分で排泄ができなくなる。
グレード Ⅴ後肢の感覚が消失、痛みはなくなるが麻痺により
脚が全く動かせなくなる。(深部痛覚消失)

椎間板ヘルニアの治療には、内科療法(保存療法)と外科療法があります。
椎間板ヘルニアによる症状が急性でない場合や軽度の場合には投薬等の内科療法が選択されますが、この場合もケージレスト(絶対安静、トイレ以外はずっとケージの中で静かにし動かさないようにすることが重要です。
外科療法は症状が重度の場合、内科療法で回復しなかった場合、再発したときなどに選択されることが多い様です。
グレード4以上の場合は、外科療法の選択がとられることがありますが、発症から48時間以内に処置した場合は回復までの時間がはやくなるといわれています。有窓術によりヘルニアを起こしている椎間板や石灰化した椎間板物質を取り除くことで圧迫の原因をなくし、運動能力を回復することができます。但し、手術の欠点としては費用がかかること、麻酔などのリスクがあることなどです。たとえ手術をしても、再発する可能性もあるため手術を積極的に薦めない獣医さんもいます。早期に発見し適切な処置ができることが第一ですが、そのためには飼い主が小さな兆候も見逃さず、もしも発見したらすぐに対処することです。治療の選択は、納得がいくまで十分に獣医師の説明をよく聞き、愛犬の病状と飼い主側の状況、飼育環境なども考慮した上で決断されることが望ましいと考えます。

軟骨異栄養性犬種といわれるダックスフンドに罹患率が高いのが目立つところですが、同様に軟骨異栄養性犬種とされるフレンチブルドッグ、ビーグル、ペキニーズなどもハンセンⅠ型に罹患しやすく、大型犬種はハンセンⅡI型に罹患しやすいといわれています。普段から腰への強い衝撃を避ける工夫や体重負担を減らすことも予防のための重要な要素です。

E.骨軟骨症、肥大性骨異栄養症

骨軟骨症は、成長の速い大型犬種の成長期において、肩、肘、くるぶし、膝などの関節の軟骨に起こる病気です。
この病気に罹ると、まず6~9ヶ月齢くらいの時期に歩き方がおかしくなり、これが数週間または数ヶ月続くことがあります。はっきりした原因はまだ判っていませんが、関節の軟骨の深い層に発育異常が起きると症状が出始めると考えられています。痛みを和らげる安静にすることでほとんどの場合この病気は完治します。

肥大性骨異栄養症は、大型犬種の若い(生後3~7ヶ月)犬がかかる原因不明の骨の病気で稀に発生します。
この病気では、前腕や前肢の関節付近の骨が太くなり、そのほかには、歩き方がおかしくなったり、熱が出たり、無意識状態が長く続いたり、食欲がなくなったりするような症状が現れることがあります。重症の場合は、肢が変形してしまいます。肥大性骨異栄養症になった犬のほとんどは回復します。高熱には注意が必要です。

F.変形性脊椎症

変形性脊椎症は高齢の犬によく見られる脊椎(背骨)の病気です。椎間板ヘルニアが脊椎の骨と骨の間のクッションの役割をする椎間板の変形、突出による脊髄圧迫なのに対して、変形性脊椎症は、脊椎そのものの変形により脊髄を圧迫し運動障害などがおこります。 そのため症状のいくつかは椎間板ヘルニアの症状に酷似しており、病気の進行ともに激しい痛みや、神経の麻痺が見られることがあり、老齢期の愛犬の場合、悪化すると寝たきりになってしまうこともあります。

いくつかの原因を挙げるとすれば、 老化によって起こる場合と、先天性(生まれついて)の脊椎(背骨)の奇形や椎間板の病気、脊椎(背骨)の慢性的な炎症や脊椎(背骨)の手術による影響で発生するケースもあります。

神経の麻痺により自力で排尿・排便ができなくなることもあります。椎間板ヘルニア同様、鎮痛剤投与やレーザー処置などで内科的に治療して、その痛みを取り除いていきます。場合によっては手術が適応になることもあります。
歩行不安定な状態が続くと、変形した脊椎(背骨)は脆くなっているため、転ぶなどのアクシデントで骨折することもあります。
愛犬が老齢期にさしかかり、立ち上がりにくそうにする、 足を引きずる、 腰がふらつくなどの症状が現れた場合は、単に老化とあきらめたりせず、早めにサプリメントなどの予防的措置をとることも重要ですが、椎間板ヘルニアと症状は似ていているということもあり、早期の治療が必要かどうかもきちんと見極める必要があると考えます。

股関節形成不全における外科手術

大腿骨頭切除術
股関節を形成する大腿骨の先(骨頭)を切断して取り除いてしまう方法です。骨が自然治癒していく形で繊維性の丈夫な結合組織による偽関節を作るため、「偽関節形成術」とも言われています。手術の中でもっとも簡便な方法ですが、関節の運動範囲は制限され筋肉量は回復しないため、体重20キロ以上の愛犬での結果はあまり思わしくないと考えられています。

骨盤3点骨切り術
生後5ヶ月~1年くらいの子犬の場合は骨盤を形成する「腸骨」「恥骨」「坐骨」をそれぞれ切断し、股関節の凹みの角度を変えて大腿骨頭が脱臼しにくいように整形する方法です。痛みを取り除くには有効な手段とされていますが高い技術をもつ医師による手術が望ましいと考えられます。片側の手術を行ったあと4~6週間後にもう片方の手術をおこないます。

人工股関節全置換術(トータルヒップ)
障害のある股関節を人工関節に置き換える方法で、重度の股関節形成不全症、変性性関節炎、骨頭切除術では対応できない症状などに対しておこないます。骨盤部の凹みに樹脂製のカップをつけ、大腿骨の先を切断して代わりにステンレス製の人工骨頭を埋め込む大きな手術です。股関節形成不全の愛犬の治療法として非常に優れており最も有効な方法ですが、これまで、その人工関節の輸入がむずかしく、手術自体も難手術のために、日本国内で股関節全置換手術を行うケースはごくわずかでした。しかし最近は国内で人工関節が入手もできるようになり、技術そのものは専門医によって確実に進歩していると思われます。但し人工関節の値段は非常に高くこの手術に対して経験豊富な獣医師が実際にまだ少ないという現状があること、人工関節の耐久年数などにより、再手術が必要になる場合もあります。

これらの手術は成功すれば痛みをはじめとしたこの病気の症状をほとんど取り除くことができ、愛犬の生活の質の改善に大いに役立ちますが、 どうすることが一番愛犬のためになるかを主治医や専門医とよく相談し、手術の可否についても十分検討することが大切です。

≪参考文献≫
RECENT ADVANCES IN CANINE AND FELINE NUTRITION
VOLUMEⅡ 1998 Iams Nutrition Symposium Proceeding
THE VETERINARY CLINICS Of NORTH AMERIKA
獣医臨床シリーズ 2000年度版 Vol.28/No.1
サウンダース小動物臨床マニュアル
長谷川篤彦 監訳 (文永堂出版)
THE ENCYCLOPEDIA of the DOG 犬種大図鑑 ブルース・フォーグル著
監修 福山英也 (ペットライフ社)

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